女優・歌手の伊藤蘭さんを応援するサイトです。
お気づきのとおり、「全キャン連」スピリットを引き継ぎ、41年ぶりにソロ歌手デビューとなった伊藤蘭さんを心でバックアップしたい人たちが集う場所!
【2026/6/24 現在】 登録会員286人
いまここに「全ラン連宣言」を謳います!
キャンディーズ解散から41年と少し経った、2019年5月29日。女優の活動を続けてきた伊藤蘭さんがソロ歌手デビュー。そのニュースがスポーツ新聞やネットで発表された3月14日朝、現役時代のキャンディーズを知るファンたちは狂喜しました。そして当日すぐに、著述家であり、新生「全キャン連」の代表でもある僕に、サイト「ダイヤモンドオンライン」からご本人取材記事のオファーがあり、4/23、1時間のインタビューを行うことに。2008年に1時間半、みっちりとキャンディーズについて取材し、たくさん語って頂いて以来の光栄なことでした(本サイトTOPの<蘭さんインタビュー記事>にリンクあり)。その際にはっきりと、「歌は、やり始めたからには、続けたいです。小さな場所ででも」ということばを聞き、その瞬間、ご本人を目の当たりにしつつ、心の中でこのサイト立ち上げを決心したのです。
立ち上げたいま現在、サイトの内容を具体的にどうするかは決めていませんが、伊藤蘭さんを愛する多くの人たちと、てさぐりで進めていければと思っています。どうぞ、末永く、よろしくお願いいたします。ひとつ柱として決めているのは、伊藤蘭さんファンの方が、書き込める場所にしたいということ。
特に、キャンディーズ当時を知るミドルエイジだけではなく、YOUTUBEでキャンディーズを好きになった若い人たち、また、女優である蘭さんのファンを続けてきた人、そして、ソロ歌手デビューの歌声で惹かれた人と、さまざまな人たちの集う情報交換もあるコミュニティに育っていけばいいなと思っています。
伊藤蘭さんは僕の6歳年上。蘭さんが106歳のとき、僕は100歳。ずっとずっと、キャンディーズと伊藤蘭さんを聴き続け見続けるためには、長生き比べで負けるわけにはいきません!(笑)。みなさんと一緒に、健康に気をつけいつまでも「年上のおねえさん」を応援していきたいです。
2019/5/29 石黒謙吾
★キャンディーズのランちゃんじゃなくて、伊藤蘭さんなのだから、「全蘭連」かなと一瞬考えたのですが、字ヅラ的に、園芸協会か暴走族みたいだったので(笑)、あえてカタカナ表記にしました。「全キャン連」スピリットを引き継ぐってことでもありますし。
★サイトの基調カラー、赤じゃなく、41年経ったのちの落ち着いた色も考えたんですが、100歳までも若くいてもらいたく、あくまでキャンディーズ時代のラン色でいきました。永遠の赤組の誇りを胸に!

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ついでに、以前、<昭和40年男>のサイトに書いた、2021年の蘭さん野音のレポ記事のリンクあげようと思ったらが、版元が身売りで変わってサイト自体がなくなっていたので(笑)、当時関連のことがわかるところだけ、抜き出してツリー式の下にあげておきますね。長くなりまして恐縮です!
1万6142日前、このステージで泣き崩れた3人のうちの1人が立っていた。
あの日と同じ、日曜の夕刻。2021年9月26日の日比谷野音。 歌声も、踊りも、しぐさも、笑顔も、視線も、しゃべり方も。その人はなにひとつ変わっていなかった。違っていたのはミニスカートがドレスになったことだけ。
まさかこれを歌うの!……アップテンポのイントロに続きその曲を歌い始めた瞬間、44年間終わっていなかった宿題が終わった。伊藤蘭さんと僕たちファン、お互いにとっての宿題が。
「さよならのないカーニバル」森雪之丞・作詞、渡辺茂樹・作曲。それは、1978年7月17日、ラストに歌われることになっていた曲だ。しかし、スタッフもまったく知らないまま突然飛び出した「解散宣言」のパニックで歌われることはなかった。まさに「さよならのない」まま、彼女はこの場所をあとにしていたのだ。
1978年4月4日、キャンディーズ最後のステージとなった、後楽園でのファイナルカーニバルから、「時計を逆さに回して」261日前。その日の東京は朝から雨。しかし、15時にはあがり、全国ツアー「サマージャック77」のオープニングとなる、日比谷野音でのライブがスタートした。
オープニングのインストを除きこの日歌ったのは、CMメドレーを1として27曲。出だしの洋楽は頭に大きな羽飾りをかぶったインディアンルックで歌う。全体にいつにも増して洋楽が多めのセトリで「ホテル・カリフォルニア」「ダンシング・クイーン」「サー・デューク」「イズント・シー・ラブ」「カーニバル」「愛のディスコティック」など。映画「ロッキー」のミニミュージカルも盛り込まれていた。 そのあとはキャンのヒット曲が続いたあと、ライブ終盤の定番盛り上げ曲となっていた「ダンシング・ジャンピング・ラブ」森雪之丞・作詞、西村コージ・作曲(ファン間の通称でDJL)へとなだれ込んでいく。
「DJL」終わりの大歓声。照明がいったん落ちるとMCを待つ場内は静まった。
ピンスポットを受けたランがなぜか大きな涙を流している。そしてこう言った。
「みなさん 今日は本当に どうもありがとう!」
すると3人は肩を寄せ合い丸くなって泣きじゃくる。マイクがスーの泣き声を拾って会場にこだまする。そのままの状態で30秒。泣きながら今度は3人が横に並ぶ。
ラン「私たち、みなさんに謝らなければならないことがあります!」
観客はなにごとなのかと静まりかえってステージの3人を見る。
ミキ「ごめんなさい!」
日比谷公園を包む暗闇の中、何が起こってるのか不思議に思いながらのファンから「ランちゃーん!」「スーちゃーん!」「ミキちゃーん!」「がんばってー!」と次々にコールが飛び交う。
ラン「私たち……」長い間があって「私たち…今度の9月で…解散します!」
ステージに膝から崩れ落ちる3人。信じられない光景に遭遇したファンたちから言葉にならない絶叫が満ちていく。そして立ち上がるランスーミキ。
スー「私たち、デビューのときから3年間はがむしゃらにやろうって……決めてました。でも、こんなにたくさんのみなさんが……応援してくれたから……」ずっと涙声のまま、スーは続けた。「私たちは、もう1年間がんばろうってやってきました」泣き崩れるスー。助け舟を出すようにミキ。
ミキ「本当にこんなにたくさんのみなさんが、応援してくれてるのに……本当に悪いことだと思います!」「でも!……でも、ひとりひとり、旅立ちたいんです!」
ここでバックバンドMMPがおそるおそるという感じで演奏を始め、ミキは続けた。
ミキ「みなさん、私たちの気持ち、わかってください!」
かぶせるようにランが「ごめんなさい!」
スーも「許してください!」
このあとに、語り継がれる「普通の女の子に戻りたい」という言葉を残して、泣きじゃくる3人は、スタッフに抱えられるように肩を引かれ、舞台上に積もり積もった紙テープに足を取られながらソデに消えていった。
この様子は残念ながら僕が目の前で見て書いたものではない。あとあと映像を見て刻み込まれた情景。それは、ファイナルの後楽園や、蔵前国技館1万人カーニバル.vol2(ファン間の通称=蔵2)には行ってるのに、この場にはいなかったという大きな悔恨を44年間、僕に染み込ませた情景であった。
この年の春までキャンディーズのチーフマネジャーで、渡辺プロを退社〜独立して、すでに「アミューズ」を立ち上げていたのが、現在会長の大里洋吉氏。大里さんはこの会場にいたのだが、このときの模様を直接じっくり伺ったことがある。
会長は奥様と、まだ幼かったお子さんを抱っこして客席一番うしろで観ていたらしい。そこに、飛び出したのが驚きの解散宣言だった。
ご存知のように客席後方は事務所、レコード会社、イベント、音楽業界など関係者が多い。また、コアなファンだと大里さんだとわかっていた者もいる。周囲にいたそんな人たちが、宣言が飛び出したあといっせいにジロっと見たのだと。なにか知っているとでも思われたのだろう。ファンの中には目が血走っているような人もいて、これはマズイと奥さん子供と慌てて会場を抜け出してタクシーに飛び乗ったという。この話からもパニックとなっていたファンの激しい動揺が伝わってくる。
春一番にある歌詞「♪別れ話したのは去年のことでしたね」。後楽園ファイナルでここを歌った夜、前年7/17の衝撃が蘇った。
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1977年7月17日夜、家にかかってきた1本の電話から始まった衝撃、そこから一睡もせずに過ごした布団の中、そして翌早朝、登校前に集まったキャンディーズ追っかけ仲間たちとのやりとりが、44年経った今でも克明に蘇る。
家の電話しかない時代。携帯ではなく自宅に、夜、ミキ派の今村優二から電話があって、受話器を取るといきなり金沢弁でまくし立ててきた。
「ケンゴ、キャンディーズ解散すれんて!」
「なんなんやそれ!?」
「日比谷野音で3人がそう言ったんやって! 大井から電話かかってきて、みんなに伝えてくれって。今それしかわからんげんて。大井のポケットに10円玉6枚だけ入っとって、野音の外出てすぐ、覚えとった俺んちの番号にかけてきてん。ケンゴや越野たちにまずは伝えてくれって。今度の9月で解散なんやって!」
「ようわからんけど考えられんな! 明日大井が夜行で金沢着くのが6時過ぎやろ。そのあと学校行く前集まっぞいや」
「ほやな。7時にウチで集まるように、越野にも今からかけて言うわ」
この前年、高校1年の夏、「サマージャック76」と銘打ったキャンディーズ初のロングラン全国ツアーで「追っかけ」を始めた。星稜高校入学後すぐ、席も近くだった、石黒(ラン派)、今村(ミキ派)、越野(スー派)の3人がお互いキャンディーズファンだという話になり、4/1にあった金沢公演を観てアツくなっていたことで意気投合。夏休みにツアーがあると知って「よし、たくさん行くぞ!」となったのだった。
越野の中学の友人、大井(スー派)が他のクラスにいて参加し同校の4人組と、今村の他校の友人・橋本の5人がメインとなってそれ以降行動を共にするようになり、あとは随時参加のヤツが加わったり。翌年には福井のライブに行った際、前列に座っていた濃いキャンファン、市塚(ミキ派、いまでも一緒に全キャン連運営メンバー)、青野(スー派)が星稜の1学年下と知って、これまたファイナルまでつるみ始めた。
こうして僕は高校3年になる4/4の後楽園ファイナルまで、金沢から全国を追っかけて100ステージを見ることになる。学業を見事に切り捨てて資金づくりのバイト三昧の日々を送っていた。
77年夏。前年同様「サマージャック77」が始まることに。僕たちは夏休みに何日か続けて観る計画を立てた。さすがに、ついていきっぱなしは資金的に無理なので、3日連続1セットあたりを基本に予定を組む。「サマージャック」初日だけはスペシャルな設定で、夏休みに入る前、7月17日の日曜日に日比谷野音。この次のライブはかなり飛んで7/29の福井・小浜で、そこからは連日詰め込み気味のスケジュールだった。
<日比谷野音は行きたい。でも、1ステージのために東京往復するのは限られた資金の有効な使い方としてもったいない。そのお金をあとのために回したほうが少しでもたくさん観るために効率的。しかも翌日は月曜なので夜行の急行で一晩かけてで帰ってきてそのまま学校だしな>。
4人組で話しをしていた結論はこうなったのだが、なぜかこの時、大井だけは行くという。しかも1人で。やるなあ、気合入ってるなあ、とその決断自体はさして気にもせず、がんばってきてなどと言いながら、当日を迎えていた。そして冒頭の電話となったのだ。
その電話はライブ後いくらも経ってない時だったから、夜9時から10時の間ぐらいだったか。開演時間が日曜なので早かったとしても、8時はゆうに超えていたはず。このあと、テレビやラジオのニュースで解散宣言の話題が流れたかもしれないが、あまりにも呆然としていて記憶が曖昧だ。
深夜、まだなにもわからないまま、頭と心を混乱させたまま、睡眠とらないとマズイなと無理やり布団に入ったが、詳しいことがわからない不安や解散宣言の衝撃がぐるぐるとループして結局一睡もできず、朝6時に自転車で今村宅に向かった。越野も合流、そして東京から着いた大井が金沢駅ロッカーに置いてあった学ランに着替えて到着した。
小さな古い木造家屋の2階。狭い部屋の畳の上に車座になった4人。まずは大井が野音のラストの状況を話す。
「DJLが終わったら、突然、ステージでしゃべるのが止まって、ランが、私たち今度の9月で解散します!って泣きながら言って、スーとミキも抱き合ってくずれるみたいになってん」
「そしたらもう会場じゅう大騒ぎでステージに走り出すやつがいっぱいおって、警備員ともみくちゃになって。怒鳴り声やら絶叫やら号泣しとるヤツとかもうめちゃくちゃや」
「MMPだけ音は弾いとって、3人はずっと泣きっぱなし。そんで客は迫ってくるしで舞台上でスタッフに抱えられて引っ込んだんや」
「そのあともまた出てこないかとかで客席は帰りもせず。<やめないでー!>って叫ぶわ泣くわで大騒ぎでめちゃくちゃ。会場で終演のアナウンスみたいの流れたみたいやけどよく思えとらんわ」
「もんでももうしょうがないから会場を出て、電話しようといくつか並んどる公衆電話いったらものすごい列ついとるんや。だいぶ待ってやっと回ってきて。10円玉6枚しかないからすとんすとん落ちてあっと言う間やったね」
あとの3人はぽつぽつと質問を続けるがそれ以上のことはわからない。言い合っていたことはただ一点。
「これからどうする?」
いま思えば、芸能人の身の振り方に対して、地方の高校生がコミットできることなんて1ミリもないのに、自分たちがどうしようが無力である。しかしその時点で、自分たちの将来や人生が真っ暗闇となったから、こういう言葉しか出なかったのだ。
「どうすらいいがかな……」「9月ってすぐやぞ……」
4人は2時間、一度も笑顔などなくどんよりと、とぎれとぎれに話しをして、それぞれが夢遊病者のように登校していった。
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解散宣言翌日15時から、銀座のメイツで緊急記者会見が開かれ、この模様が夕方以降テレビで流れた。そして出演の「夜のヒットスタジオ」に3人はいつもと同じく登場した。
出番になりスタジオ中央にキャンディーズが立つと、司会の芳村真理さん、井上順さん、さらには、後ろの席に居並ぶたくさんの歌手の人たちが、心配そうに小柄な3人を覗き込む。前日からのビッグニュースに触れ、いつもと全然違う静かなやりとりだった。僕も、心配と不安と混乱がないまぜになり胸が締め付けられるように画面を見ていたが、水色のミニで歌い始めた3人は、そのもやもやを振り払うかのように、華やかに元気にしっかり笑顔で「暑中お見舞い申し上げます」を歌い上げたのは、プロの凄さも感じた驚きだった。
しかしまだ21歳と22歳3人の心の芯には、さまざまな葛藤があるのは当然だと思っていたし、いったいこのあと、どうするんだろう、とそのことばかりが思い浮かび、あの楽しげな曲を聴きながらなのに涙がこぼれた。
野音の騒動からしばらく経って、解散自体は4月まで延びるとなってとにかくまずはホッとした。お別れが9ヶ月先となリ、ファイナルは後楽園でと決まっていった。そうなると日本9支部の「全キャン連」は完全バックアップ態勢に入る。
もちろん解散宣言直後はすべてのファンが「やめないで!」と思ったはずだ。しかし、3人の気持ちに寄り添う「全キャン連」は、ラストまで全力で応援しようと決起する。10月1日にはニッポン放送のオールナイトニッポンでその公開宣言を行い、いよいよ全国で応援機運が高まっていって、伝説の後楽園への花道が切り開かれていった。
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44年ぶりに日比谷野音で歌い踊った伊藤蘭さんだが、実はこの間に一度、ステージに立ったことがある。後楽園ファイナルの2日前、4月2日の日曜日にあった「ファンの集い」だ。これに僕は行っている。たった1000円のチケットで、日比谷野音と同じデザインだった。3人は歌わなかったが、女性のファングループ「キャンディーズチア」お手製のピンクのはっぴを着て壇上に上がり、集まったファンへのあいさつや意気込み、また思いを綴った詩を朗読するなど、トークで僕たちを盛り上げてくれた。
このときのもとを、僕が今年8月に音楽サイト「リマインダー」の記事で蘭さんに取材させて頂いた時に話したら、私服で登壇したとか詩の朗読やりましたねとか覚えていて、ピンクのハッピを着た3人の写真も渡せたので懐かしそうに見ていた。
ちなみにその後、お客さんの立場でも日比谷野音には行ってないらしいので、9月26日のライブでこの場所に足を踏み入れたこと自体が、前夜祭以来だっということになる。
解散から43年間毎年、4月4日と7月17日を迎えると、「ああ、今日はファイナルの日だ」「今日は野音の日だ」と特別な感慨に浸って1日を過ごす。キャンディーズファンならば当時とまったく変わらない感覚があるはずで、後楽園、日比谷野音、この2箇所はキャンファンにとっての二大聖地である。だから、当日になると、その場に向かう人もいまだにいる。僕も何度か行っているが、「その日そこにいること」が自分が、キャンディーズに青春を賭け、そのあとの人生も支えてもらい生きてこれた証と思えるからだ。
解散から6年経った夏。僕は、新聞系の会社、時事通信社の運動部でアルバイトをしていて日々、日比谷公園内の市政会館というレンガ造りの建物に通っていた。その夏も7月17日がやってきて、ああ、今日だと追っかけ時代の思い出を反芻しつつ、朝10時出社に間に合うぎりぎりでバイトに向かっていた。
地下鉄丸ノ内線・霞が関の駅を降りて公園内を通り社に向かういつもの道沿いに、野音の入り口が面している。その入口が遠くにわかるぐらいの場所で、ラジカセの音がかすかに聴こえてきた。近づいていくとなんの曲かはっきりわかった。
<暑中だ!>心の中で叫んで、その音の方に目をやり足早に歩く。と同世代の男性が1人っきりで、大きいラジカセを地面に置き、自分もシートを引いてただ何をすることもなく座っていた。目が合った。驚きと真剣さと親近感がミックスされた僕の表情や目つきで、その人は「同志」であることはわかったと思う。そういう顔をしていた。しかし、話しかけたい衝動に駆られつつ、バイト時間ギリギリという切迫状況で躊躇してしまった。一言でも交わして、お互いのあのアツイ気持ちを共有しておきたかったと、このことはいまでも後悔している。
10/10にNHK地上波で、後楽園ファイナル、秘蔵映像、関係者インタビューとともに構成した特集「“わが愛しのキャンディーズ”リマスター版」がオンエアされ、シニア層はもちろん、キャンディーズをまったく知らなかった若い人にも、3人の魅力やハイレベルのパフォーマンス、当時の熱量などが伝わり、大きな話題を呼んだ。
10/25、26の2日間は、中野サンプラザで、伊藤蘭さんライブがある。僕はもちろん両日参戦。<蘭>と刺繍した白いハチマキでペンラを振って当時と同じく一生懸命応援だ。12/28には昨年に続いて、ホテルニューオータニのディナーショーも控えていて年末も待ち遠しい。
大きな宿題を終えたキャンディーズとキャンファンは9月の日比谷で区切りをつけて、伊藤蘭withキャンディーズともいう雰囲気でリスタート。僕たちも、蘭ファンとして2年前からさらにとあらためてリセットした。
まだまだずっと、僕たちの前で歌い踊る「やさしい悪魔」でいてほしい。そして僕たちは、曲を聴き、ライブに行くことで、48年間人生を支えてくれている恩がえしをしたい。そしていつも進行形でこう言い続けていく。
僕たちはずっとしあわせです。
今年も、我々のお盆! 7/17がやってきましたね。16年前に書いた自分のブログの記事リンク貼っておきます。あの夜の、行かなかった悔しさを毎年噛み締めています。現場いた方いらっしゃったら、ぜひ一言でも。
https://www.blueorange.co.jp/blog/archives/1445
【更新用コメ】>みなさま
いつものように、余った人から原価で譲渡の繋ぎをやりますので必要な方は、余りも希望も<★ここに書き込みではなく>★必ずメールで(カンパの項目にアドレスあります)石黒までお願いします。★チケ希望の方は会員登録なくてもどうぞ。★一応信用的に、余り譲渡出し側は会員登録の方に限らせていただいてます。★こちらで預かるわけではなく<繋ぐ>だけですのでお間違えなきよう。
今、こちらの余り把握は以下です。★済んだら消して、増えたら書いて、更新していきます。★出した方は、ここ以外で譲渡成立したら消さねばいけないので必ずメールでお知らせください。よろしくお願いします。★譲渡成立した場合も、念のため双方からメールをこちらにもお願いします。
【9/11】1枚 M列、2枚並び B2 Q列
【9/12】0枚
【9/27】0枚
【相談、確認】確認カード
石黒さん。
今年、母校の卒業生組織である同窓会の総会が宮崎県延岡市で行われます。総会のパンフレットに掲載する広告の依頼が来ました。
いちばん安い、名刺サイズで拡散カードを「協賛広告」として出してみたいと思っています。もちろん、自費負担します。こういう使い方は問題無い良いでしょうか。
>いわささん
なななんと!それはすごい発想ですね!大丈夫ですよ。ありがとうございます!ぜひよろしくお願いします。出来上がったら可能な範囲で画像見せていただけると楽しいです。9月、燃えましょうー!
>みなさま
うちわとフェイスシールは、7月末には届くと思います。いつもコメントありがとうございます。
石黒さん
「拡散カード」の同窓会総会パンプレットへの使用許可有難うございます。
キャン世代もいると思いますので少しでも、知名度アップになればと思います。
「拡散カード」は個人で複製しても良いですか。OKでしたら、地元の印刷屋さんに発注したいです。
>いわささん
流用での印刷はさすがにごめんなさい!
有効に必要ならお送りするか、ライブ時にお渡ししますので、メールにてお願いします。
初めての書き込みとなります♪
九州支部 Canty’s
No’272 あきよ
No’271 みたま
No’270 みき
です。
どうぞ宜しくお願いいたします。
先日の蘭さんコンサート福岡会場が初参戦…ドキドキしながら会場に向かいました。
会場でお会いできました会員の皆様。優しく接していただき、また会食にも参加させていただきまして本当にありがとうございました♪
皆様と一緒に蘭さん、キャンディーズさんの時間を共有し過ごすことができてとってもとっても楽しかったです!
恐縮ですが…。
私達は、福岡市を中心にキャンディーズさんのカバーユニットとして活動させていただいております。
石黒会長より私達の活動やSNSをご紹介していただきまして…
SNSアカウントにコメントやフォローをしてくださり、沢山の応援メッセージをいただきました。
メンバー一同!大変嬉しく思っております。
本当にありがとうございます!!
皆様のお言葉を励みに、ステージを楽しんでいただけるよう精進して参ります!
今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。
Canty’s
あきよ
みたま
みき❤️
>Canty’sみきさん
初投稿おめでとうございます。そして!いつもキャンディーズの素晴らしい足跡を世界に広める活動ありがとうございます。
福岡でのお三方のご活躍、遠くから応援してますよ。Instagramでは少し絡ませていただきましたね、その節はどうもありがとうございます。
みたまさん、あきよさんにもよろしくお伝え下さい。
Canty’sガバテ❗️
あきよさんとは、福岡での2次会でお会いしました。
同じ九州。宮崎県にも来てくらさい。
いわさ様(*^^*)
その節は本当にお世話になりました。
蘭さんとキャンディーズさんの愛に溢れた素晴らしい会でしたね☺♡
ご一緒できてとても嬉しかったです。
お陰様で一生の思い出になりました。
また福岡にいらっしゃる時はご連絡くださいね。そしていつか宮崎でのライブも実現できるように頑張ります!!
松浦さん。
ありがとうございます♪
キャンディーズさんの足跡をしっかり伝えられるように、頑張ります!
Canty’s
あきよ
みたま
みき